2009年3月26日木曜日

本郷界隈のラーメン店自己評価

やばい。昨日と今日、完全に引きこもっていた。
ちなみに痛いニュースの昨日のWBCの記事で、
付いているはてなスターの9割8分は僕の仕業です。
疲れてたのかな。

とういうわけで今日は一応本郷周辺について評価してみたりなんかして。

ちなみにランク付けは
 S   A   B   C
 ←旨        不旨→

 ・瀬佐味亭・・・S
  なぜか無性に食べたくなる衝動が2週に1ぺんくらいやってくる。
  財布がホクホクの時はご飯頼みまくっちゃう。
 ・けいすけ・・・B
  言われているほどおいしくない。
  申し訳ないがあれだけの行列が出来ている理由が私にはわからない。
 ・竹子・・・A
  瀬佐味にはやや劣るものの坦々麺のあの酸っぱさは癖になる。
  卵とご飯がもう少しおいしければなあ・・・
 ・福十八・・・A
  がっつりとんこつ食べたいときにグー。
  たまにある替え玉無料の日を狙うと幸せな苦しみを味わえる。
 ・白山ラーメン・・・S
  相当酔っ払った状態で食べに行ったが、あまりのおいしさに感動した覚えがある。
  スープも麺も申し分なし。
 ・横浜家系ラーメン・・・B
  メンマと味玉はめちゃくちゃうまい。
  ただ麺とスープがどうも。力入れるべきところが違う気がする。
 ・元丸(御徒町)・・・S
  とんこつ系の中ではスープが一番うまい。
  「はりがね」。
 ・一風堂(上野御徒町)・・・A
  ちょっと濃い目のとんこつだが、普通にうまい。
  コストパフォーマンス的には微妙な感じ。
 ・烈士洵名・・B
  麺が独特の味だったように記憶している。
  醤油系が好きな人にはおいしいと感じるのだろう。
 ・ラーメン大・・・A
  野菜がめちゃめちゃ食べられる。
  にんにく+塩のコンビネーションがあっている。
 ・大喜(湯島)・・・B
  麺は細麺でおいしかったけれど
  スープは特に特徴がなかったような気がする・・・

2009年3月25日水曜日

池袋界隈のラーメン店自己評価

くだらないですが、一応記録として、
これまで食ってきたラーメン屋の個人的評価でもまとめておこうかと思います。
というのも今日食った池袋のばんからラーメンがかなりうまかったから、みたいな。
ちなみに
 S   A   B   C
 ←旨        不旨→
見たいな感じでランク付けしてます。
なお、この評価はあくまで自分の好みをもとにした評価であり、
大衆の評価とは必ずしも一致しないことを断っておきます。 

とりあえず池袋編で行ったことあるとこだけ編集して寝る。    
~池袋~
 ・一蘭・・・S
  とりあえず2辛こってりかためで食うと激旨。
  かなり二日酔いの日でも普通に替え玉2つとかいける。
 ・天神・・・A
  特に感動するような旨さはないが、
  水のような癖のないスープがグー。
 ・えるびす・・・B
  麺が割と太い。
  スープが少し単調な味付けだと思う。
 ・武蔵二天・・・B
  醤油ベースのスープははっきり言ってあまり好みではない。
  豚の天ぷらも衣がすぐに向けてしまうのでトッピングとしてはどうかと。
 ・屯ちん・・・A
  友人の評価は相当高かったが、ちょっと太麺なのがとんこつに合わないと思った。
 ・なんつっ亭・・・A
  大衆の評価ほど旨いとは感じない。
  ただスープは独特のコクがあり、これとごはんは非常によく合うと思った。
 ・ばんから・・・S
  焼きねぎの香りがスープにしみていて味わいがある。
  麺も程よい太さ・固さなので食べやすい。
 ・富士丸・・・S
  ラーメン二郎系列の旧マルジ。
  風邪ひいたときにんにく増しで食ったが、あの大量麺も難なくたいあげられた。やはり別格。
 ・花月・・・B
  まあどこにでもあるか。
  はっきりいってインスタントラーメンとの味の違いがよくわからない。
 ・光麺・・・B
  これも大衆がいうほど旨いとは感じない。
  食っててだるくなる。

とりあえず来年度の目標は池袋のラーメン店を制覇することにしようかな。

2009年3月23日月曜日

自分の深層心理に気がついた

今日はかなり自分の本質をさらけ出すような記事を残すことになる。
最近、自分はどういう生き方をしてきたのか、
そしてどうして自分は成長できていないのか、
ずっとそのことで頭がいっぱいだったが、
今日、ふとある一つの、結論ともいえる仮説に気づくことができた。
あるいは気づいてしまった、というべきかもしれない。
というのも、発見したときに得た感覚は快感ではなく、
むしろ恐怖感に近いものだったからだ。
そのいきさつについて、奇しくも修士課程の修了式という一つの区切りを経験した
今日というこの機会にあえてしたためておこうと思う。
ちなみに、こうしてブログ記事として公開するのは、決して人に知ってもらうためではなく、
自分自身の今の気持ち、考えをまとめるためであることを
念のため断っておく。

今現在、私は幸せではない。
客観的には、私を取り巻く環境を見れば非常に恵まれていると思われるので、
こんなこと言うと、「贅沢なこと言うんじゃない」と怒られるかもしれない。
しかし、私は何かに不満を持っているから不幸だ、と言っているわけではない。
心が満たされる感覚を味わえていない、という点を持って幸せではないと表現した。
この世からいなくなりたい、この閉塞的な気持ちから脱却したいと
ここ数ヶ月の間、何度思ったことか。
本当に人生最大の絶望感を味わっている最中である。
この絶望感はかれこれ半年くらいの間続いており、
それは研究そのものや周りとの人間関係がうまくいっていないことに
起因していることはほぼ間違いない。
これまでに、あれこれと具体策を模索してはみたものの状況は改善されず、
一向にこの鬱屈とした状況から抜け出すための、決定的な解決策が浮かんでこなかった。
そこで問題は自分自身の心理にあるのではないかと考え、
修論発表後(1月)、絶望感を味わう原因となった心理状態について考えることにした。

自分自身の精神的な部分の解明は、
これまで哲学的なことについて悩んだことのない自分にとっては容易なことではなかった。
当然、心理学的な知識もほとんど持ち合わせていなかったので、
解明のためにはその道のプロに頼るしかない、ということで
まずは心療内科にかかって診断をしてもらうこととした。
そこで心理テストなるものを受け、自分自身は
 ・強迫的に物事を知性化して処理する傾向がある
 ・外部との接触は冷静沈着というイメージでとらえられがち
 ・内面的には大きなエネルギーを秘めている
という特徴を持っている、という診断結果を受け取った。
確かにこれは自分自身を客観的に分析する手立てにはなったのだが、
核心的なところ、つまり私の心理の真理たるものが何なのかについては
このテストによって知ることが出来なかった。

次に、私は学生相談センターに何度か足を運んでカウンセリングを受けた。
しかしここでは表面的な話、つまり具体的な行動論の話に終始してしまい、
自分の行動に伴う感情について深く話し合うことが出来なかった。
そのため、その場しのぎの安堵感というか幸福感を得るだけで終わってしまい、
結局カウンセリングから数日たつとまた鬱状態にもどってしまう、という状況で
本質的な解決には至らなかった。

やはり自分で解決するしかないのか、と思い、
自分自身とひたすら向き合い、
原因究明を徹底的に行ってみることにした。
そのためには、まず「自分は何のために生きているのか」
という人生観からスタートするのが筋だと考えた。
ちなみに自分の生きる意味は「次世代の人間につなぐこと」。
次世代の人々が快適に生活できる環境を残してあげることが
自分が生きる上での使命だと感じていて、
この考えについては高校2年生あたりからぶれたことはない。
どうやら人生観の部分に原因はなさそうであった。

次に、私は自分にとっての幸せとは何なのか、ということについて考えた。
私は読書家でもなければ哲学者でもないので
過去の偉人たちの考えた「幸福論」については全くわからないが、
恐らく幸せの価値観は人生観そのものに密接に関係しているであろうと考えている。
理由は、ほとんどの人間は幸せになるために生きているから、である。
(こんなこと本当は高校生、遅くとも大学生のうちに考えておくべきものなのだろうが)
すなわち「人生とはなにか」という考えと「幸せとはなにか」という考えは
ほとんど一緒の方向を向いていないと生きていくのが苦痛になってしまう。

周りの人間の行動を「幸福」への欲求という観点から見ると、
たとえば大学を卒業して社会人になる人々は
しっかりお金を稼いで幸せな家庭を築くことに重きを置いているようであったし、
博士課程に進学した人々は研究という作業そのものに楽しみを見出し、
人類の知に貢献するためのプロセスに幸せを感じているようであることに気付いた。

ところで、自分の今現在の行動はどうかというと
「幸福」という観点に基づいていないことに気がついた。
自分が博士課程に進学するのも社会問題(特に自分の場合食糧問題)を解決するために
新たな知を得てアプローチする必要がある、という使命感からであり、
研究が面白いと思ったから、という理由では決してない。
つまり自分の人生観と幸福が一致していないことが鬱の原因であるようにうすうす感じていた。

そして今日、ほぼ確信を持って、
自分が幸福を感じられない原因が何であるかを突き止めることが出来た。
それに気付くことが出来たのは、修了式が終わった後の研究室での食事会が原因である。

研究室での食事会は総勢7名、
うち秘書の方と学生の計2名が女性だった。
男女混合で食事をするとなると、必ずといっていいほど恋愛の話が持ち上がる。
今日の食事会も半分以上が恋愛の話題だった。
ちなみに私は恋愛話が大の苦手、というか大嫌いであり、
人の恋愛観とか全く興味がわかないし、
恋愛テクなどの話題で盛り上がる気になど到底ならない。
そしてそのような話題の場にいると嫌悪感しか沸いてこず、不機嫌になってしまう。
その原因ははっきりしている。
私には生まれてこの方25年間、恋人が出来たことがないからだ。
周りとの人間関係がうまくいかないのも、
自分が恋愛弱者であるという部分が大きく関わっているようにも思える。

当然、私が不機嫌モードを発動してしまったために
食事会は険悪なムードとなってしまったわけであるが、
周りに迷惑をかけてしまったことへの反省の意味も込めて、
食事会が終わった後、私はなぜこれまでに恋愛を経験することが出来なかったのかについて考えた。
正直なところ、恋人が出来そうなタイミングは実際これまでに何回かあった。
しかしそのたびに、自分から恋愛感情を持つ状況に発展することを避けていた。
要はフラグを自分で折っていた。
したがって、私に恋人が出来ない理由は、
自分がチキンであり、恋愛に対して億劫であるためである、とこれまで考えてきた。
今まではそれでよかったのだ。
ところが、ふとある仮説が頭の中に浮かんだとたん、
その原因がただの性格上の問題ではないことがわかり、
さらにその仮説は自分が幸せになれなかったことを
十分説明できるものであることに気がついてしまった。
その仮説は

 「私は幸せになってはいけない人間である」という考えが深層心理として働いている

ということだ。
この仮説を元に考えると自分のほとんどの行動が説明できることに気がついた。
会話で場が盛り上がってくると無意識に場を盛り下げるような行動をとってしまうという癖、
マージャンで初っ端大差で勝っていても局の終わりでは捲くられてしまうところ、
バッティングセンターで一度いい当たりが飛ぶと、その直後はとたんに当たらなくなるという状況等々、
これらはすべて脳や体が「幸せ」である状態を拒否しようとして起こった結果だった。
恋愛に億劫になっていたのも、
自分自身が恋人を持って幸せになることへの罪悪感が原因だったといえる。

そのことに気がつき、確信を持つようになったとたん、
目から涙があふれ出てきて止まらなかった。
それは青春の貴重な時間を無為に過ごしてしまったことへの後悔や無念さ、
周りに迷惑をかけてしまったことへの自責の念、
不幸を自分で勝手に引き寄せてしまっていたことへのやりきれなさなど、
さまざまな負の感情から来る涙であった。
そして心の震えが止まらなかった。

つまりこの深層心理が居座っている限り、自分は貪欲に欲望を持ち続けることが出来ない。
欲望が適って幸せを得てしまうことを脳や体が恐れてしまう。
このことが向上心の途切れ、そしてなかなか成長できない自分をもたらしていたように思う。
そう考えるとげに恐ろしい。
この深層心理をこのまま放っておいたら、私は心の病で殺されてしまいかねない。
自分にとってはガン細胞を発見してしまったような、そんな気分であった。
それに気付いてしばらくは、恐怖と空しさに一人打ちひしがれていた。

この先、私はこの仮説を携えてカウンセリングを受けに行くつもりでいる。
しかしこのような深層心理を持つにいたった原因と考えられる
過去のトラウマなどは全く頭に思い浮かばない。
幸せになる権利があることを確信できるようになるためにはどういう行動をとればいいのか、
あるいは、私は幸せになる権利を得ることが出来るのだろうか。
もしこの仮説が真実ならば、この心理を解決しない限り
本当の意味での向上心も生まれてこないし、幸福も味わうことが出来ないだろう。
心の手術は成功するのだろうか。
とりあえずなんか知らんけどMr.childrenの「くるみ」の2番の歌詞が頭の中をグルグルと回っている。

2009年3月21日土曜日

修士課程総括と研究室への不満

ブログを放置しておりました。
なぜならこの半年は修士論文の作成に脳みその95%位を持っていかれていたからです。
しかしこの半年間は大いに苦しんだ。
初めて自分の人生に向き合い、大いに悩むという行為をした時期だったと思う。
だが大いに苦しんだことで自分に対して素直になることが出来るようになった。
これまでの自分がいかにクズだったか、ということ、
本当に自分がやりたいこと、やるべきことは何かが見えてくるようになった。

この半年間の間、苦しんだいきさつについてはここに記す必要はない、
という記したくはない。
単純に研究が面白くなかった。
その原因は自分でしっかり考察したし、
今後の対策もしっかり考えている。


この2年間を振り返ってみると、大学院修士課程の生活の中でもっとも楽しかった瞬間は
他人の研究成果を聞いて勉強している時だった。
だから大学院特別講義もかなり積極的に出席し、発言したし、
研究者の集いには喜んで顔を出してきた。
知的好奇心をくすぐられることがとても快感だった。

反省点を挙げるとすれば研究室外の社会に目を向けてこなかったことだろう。
この時期にしかできないことというのはたくさんあったはずだ。
できれば海外の国際協力事業に携わってみたかった。
大学入学当初は志していたことを頭の中から外してしまっていた。

まあ、良くも悪くも非常にいい経験をすることが出来たと思う。


あと、せっかくなので研究室に対する不満をぶちまけたいと思う。
自分のことを棚にあげてこのような暴論を言うのもなんだが、
研究室にいる間、研究に関する話題が少なかったように思う。
自分のイメージとしては、研究室内での交流は
各自の研究の進捗や問題点をお互い語り合うのがメインだと思っていたが、
なぜか話題がそういう方向にならない。
というかそういう話題を敬遠しようとすらする雰囲気があった。
(っていうか、他人の恋バナとか全く興味ねーっつんだよ!)

自分の研究とは関係のない研究の話でも、
なぜ興味を持って聞こうとする姿勢を見せないのか。
また、なぜ自分の研究内容を他人にアピールしようとしないのか。
個人的にはその点が自分が研究室に対して抱いたもっとも大きな不満点であり、
研究室生活の中で刺激を受けられなかった大きな原因だととらえている。
ちなみに、私の学年と、その前後の学年計6名のうち、
進学を志しているのは私一人で、ほかはみんな就職した、あるいはする人である。

結局そういう人らにとって、修士課程は就職に必要な
学歴ゲットのためのものでしかなかったのか、と思えてならない。
私の周りには学会発表もせず、積極的な学会参加もしない人間が集まっていた。
研究室の方針として、そこは個人の自由、ということになっているから
言わなければ行動を起こさない、というのも人間の心理としてわからなくはないが、
果たしてそれは研究者の取るべき姿勢なのか、と言いたい。
(それともあれですか、修士課程は就職予備校みたいなもんだから仕方ねー、ってことですか。)

本当に自分の研究室のメンバーは消極的な奴ばかりだと思う。
結局昨年度も自分が呼びかけなければ院生内ゼミが開かれることもなかったし。
数値計算ゼミの約束をすっぽかして、
無断で彼女さんと遊びに行きやがった先輩とかマジ氏ねやと思ったし。
(ああ僻みですよ、僻みですとも。)

もう研究室に頼った自分がバカだったわ。
来年度はもっと自分勝手な行動をたくさんしようと思う。
周りから嫌われるの覚悟で自分の正しいと思う道を行きますよ。
それが研究者の行くべき道でしょ。

ああ、何でこんなこと修士1年の時に気づかなかったんだろう、と嘆いている今日この頃。
批判上等。これからはもっと暴れてやろうかと思っている。