2011年2月8日火曜日

大学院進学の判断についてこれだけは言っておく

なんか近頃はてな界隈で大学・大学院の研究生活にまつわる話題が盛り上がってるようですね.
あとなぜか私が博士課程に進学したタイミングで書いた記事がちょいちょい覗かれているようで,
この時期てのは進学するべきかどうかで悩む時期なんだなあ,なんて思ってます.
まあ私も伊達に大学院生4年やってるわけじゃないんで,
だんだん研究とは何か,というものが見えてきたような気がしている今日この頃です.
んで今日は研究生活、特に進路について一言言っておきたいことがあるんでここにしたためておきます.

大学から大学院,あるいは修士課程から博士課程に進学した理由に,教員や先輩はよく
「研究がおもしろかったから」
ということを異口同音におっしゃいます.
確かに「おもしろかった」ほど単純明快な表現はなく,
また,その判断の成否について第三者は踏み入れる余地はありません.
しかし,「楽しいから」「おもしろいから」という判断の基軸は
私にとって何か曖昧な気がしてなりません.
一番引っかかるのは、「そもそもそのおもしろさって持続するの?」ということ.

もしかしたら取り組んで研究テーマには致命的な欠陥があるかもしれないし、
能力的な行き詰まりに直面してしまうことだってありうる.
あるいは指導教官と意見が真っ向対立し,研究が円滑に進まないことも考えられるでしょう.
そんな状況下でも,あなたは研究が「おもしろい」と胸を張って言えるのですか?
という疑問が頭の中から離れません.
つまり、研究がおもしろいかどうかというのは進学する際に絶対的な判断理由足りえない,と私は思っています.

では,研究が「おもしろい」とはどういうことなのか.

たしか齋藤孝・梅田望夫著の『私塾のすすめ』の中に、
「本当にその仕事が好きかどうかは一生懸命やってみないと分からない」
てな一節がありました.
"好き"をおもしろさ、"仕事"を研究をと言い換えれば,
努力の先にその研究の醍醐味がある,という主張に置き換えられます.
ちなみにこの表現を自分流に表現すると,
「経験値を得て視野が広がっていくことで"面白さ"が生まれる」
と言い換えられます.
例えば測定したデータについてであれば,
統計学的にはどう、測定装置の性能としてはどう、他の文献値と比較してみたらどう,
また対象とする現象についてであれば,
この現象は~と同じ支配方程式だから~の現象と類似するはず、外部条件が~になれば内部では~が起こるだろう
などなど、勉強や実験を通して様々な視点を経験し、多面的な視点を得ていくことによって,
どんな小さな研究テーマにも無限の宇宙が内在していることに気づいていくようになります.

つまり,


研究をおもしろいと感じるのは結果

である, ということです.
従って始めっから「研究とはおもしろいものだ」という考えを持って進学するということはありえない.
特に学部3年生の段階とかでそんな偉そうなことを言う奴がいたらその子ぶん殴りますよ私.
過去の経験として,結果として研究が"おもしろかった"から「進学する」人が多いのだ,と考えます.
この点が,未体験の業務について想像をもって選択していく就職活動とは違う点ですね.

さて,何が言いたいか.

まず一つ目の主張としては,
諸先輩の言う"研究は楽しい"に従って進学しようとするのはちょっと待て,ということ.
その楽しさは懸命に研究活動を行い, その魅力に自分で気づいた先にしか存在しない.
だから本当にそれを確かめたかったら今しっかり自分の研究に邁進するべき.

続いて二つ目の主張.
研究の"おもしろさ"とは努力の中で得られる経験値によって強化されるものです.
経験値は努力をして得ていくもの,いう考えもあると思いますが,
年を経るだけでも溜まっていくという側面もあり,それは時間の関数として捉えられます.
すなわち,進学か否かという進路選択は経験値という時間の関数を自ら設定し,
その中で今の状況・立場を鑑みて最適解を探る,という行為なんだと思います.
従って,もし今の時点で研究が面白くない,と感じていたとしても,
その先経験を積んでいくことで楽しさに気づくチャンスは必ずあると思います.
あるいは社会に出てから多面的な視点を得ることで気づくことだってあるかもしれない.
だから向いてないとかおもしろみが分からない、という理由で研究への道を諦める必要はないのかもしれないな,と思っています.
(これは半分自分に言い聞かせてる記述(汗))



ちなみに私は研究が面白かったから進学した、というよりも
修士の研究成果に中途半端さを感じていたことと、
知を持ってできるだけニュートラルな立場で世界に貢献したいという使命感めいたものがあった、というのが主たる理由です.
あとはいろいろと環境に恵まれていたというのが大きかったですが.

以上、文才もないゆとりドクターの戯言でした.